『完璧』『怒髪天を衝く』の語源 -弱国の忠臣が信義を貫き守り通した国の宝玉


概要

分野 春秋戦国時代の出来事, 史記由来の成語
関係者 藺相如, 昭王
年代 紀元前283年
場所 趙, 秦
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春秋戦国時代、一人の忠臣の活躍から生まれた『完璧』『怒髪天を衝く』の語源をあらすじを添えて解説します。

用語解説

藺相如りんしょうじょ

趙の恵文王の家臣。元々は恵文王の宦官繆賢の食客でした[1]。知恵が回るだけでなく、勇敢な傑物です。
今回、国難にあたって知勇兼備っぷりを発揮します。

昭襄王しょうじょうおう(昭王)

秦の第28代君主。初めて中国統一を果たす始皇帝の曽祖父に当たります[2]
今回は趙に対して悪どい取引を持ちかけますが、決して暗愚な王ではなく、秦を強国へと育て上げます。

和氏の璧かしのへき

元は楚の国宝。楚の下和(べんか)という男が山中で原石を見つけ、厲王、武王の2代の王に渡って献上しましたが、その価値を認められず両足を切断されてしまいます。しかし次に即位した文王がその原石を磨かせたところ、見事な宝玉となり、下和の名を取って「和氏の璧」と名付けられました[3]
やがて経緯不明ながら趙に伝わり、それを秦の昭王が狙います。

はじめに

時は春秋戦国時代末期の中国。この後に初めて中国全土の統一を果たす秦は強国であり、対する趙は弱国でした。そんな折、趙の恵文王は、楚の国宝『和氏の璧』を手に入れました。それを聞きつけた秦の昭王は何とかしてその璧を手に入れようと画策します。

あらすじ

昭王は恵文王に和氏の璧と15の城の交換を持ちかけました。

秦の昭王は、趙の恵文王が手に入れた和氏の璧を手に入れるために、15の城(とそれに伴う領地)との交換を持ちかけました。しかし、秦は強国であるため、果たして本当に城と交換出来るのか、璧だけ奪われるのではないか。しかしこれを断れば、秦が攻め込む口実を与えることになるので、なかなか協議もまとまらず、秦に遣わす使者も決まらないでいました。

宦官長の繆賢びゅうけんが藺相如を推薦しました。

このとき、宦官長の繆賢が自身の食客である藺相如を使者として推薦しました。実は、繆賢は以前罪を犯し、罰を恐れて隣国の燕への亡命を考えていましたが、藺相如に王に許しを請うように諭され、無事許されたことから彼に信頼を置いていました。

藺相如は完全な状態で璧を持ち帰ることを約束しました。

藺相如は、やはり交換には応じるべきであると主張し、それでも城が手に入らないようであれば、必ず璧を持ち帰ることを約束して秦に向かいました。

昭王は交換を反故にしようとしました。

藺相如は昭王に和氏の璧を渡しましたが、周りの家臣や侍女に見せびらかせるばかりで交換する城の話を全くしようとしませんでした。

怒髪天を衝く藺相如

藺相如は昭王に「璧には傷があるのでそれをお教えしましょう」と言って、璧を受け取るやいなや、怒りの形相を浮かべ秦の非礼を咎め、璧もろとも頭を柱にぶつけて死のうとしました。

この時の藺相如は毛が逆立ち、被っていた冠を突き抜けるほどの形相でした。

藺相如は昭王を謀り、璧を持ち帰らせました。

慌てた昭王は藺相如に地図で示した15の城を渡すと約束しましたが、それが虚言であることを見抜いた藺相如は受け渡しまでに5日間の猶予を得て、その間に従者に璧を持ち帰らせました。

最後は漢を見せた昭王

5日後、昭王は改めて藺相如から璧を受け取ろうとしましたが、璧は既に無く、謀られたことを知った側近たちは直ちに藺相如を斬り殺そうとしました。しかし、昭王は今後の趙との関係を損なうよりは良いと考え、藺相如を厚遇して帰国させました。

まとめ

こうして、藺相如が命懸けで璧を無事に持ち帰ったことから、大事なことを成し遂げることや、欠点が全くないさまを『完璧』と表すようになりました。
また、この時の藺相如のような激しい怒りの形相を『怒髪天を衝く』と表すようになりました。

編集後記

この時、正式に和氏の璧と城と交換されていたら歴史はどのように動いていたでしょうか。もしかすると、国力を増大した趙が覇権を争うようになり、逆にたった1つの宝玉と国土を交換した秦は求心力を弱めていったかもしれません。
余談ですが、この後、昭王は度々趙に対して圧力を掛けてきますが、その度に藺相如がうまくやり込めて難を逃れています。

付録

史記 廉頗藺相如列伝

趙惠文王時、得楚和氏璧。秦昭王聞之、使人遺趙王書、願以十五城請易璧。趙王與大將軍廉頗・諸大臣謀、欲予秦、秦城恐不可得、徒見欺。欲勿予、即患秦兵之來。計未定。求人可使報秦者、未得。宦者令繆賢曰、臣舍人藺相如可使。王問、何以知之。
對曰、臣嘗有罪、竊計欲亡走燕。臣舍人相如止臣曰、君何以知燕王。臣語曰、臣嘗從大王與燕王會境上。燕王私握臣手曰、願結友。以此知之。故欲往。相如謂臣曰、夫趙彊而燕弱、而君幸於趙王。故燕王欲結於君。今君乃亡趙走燕、燕畏趙、其勢必不敢留君、而束君歸趙矣。君不如肉袒伏斧質請罪。則幸得脫矣。臣從其計。大王亦幸赦臣。臣竊以為、其人勇士有智謀。宜可使。
於是王召見問藺相如曰、秦王以十五城請易寡人之璧。可予不。相如曰、秦彊而趙弱、不可不許。王曰、取吾璧、不予我城、柰何。相如曰、秦以城求璧而趙不許、曲在趙。趙予璧而秦不予趙城、曲在秦。均之二策、寧許以負秦曲。
王曰、誰可使者。相如曰、王必無人、臣願奉璧往使。城入趙而璧留秦。城不入、臣請完璧歸趙。趙王於是遂遣相如奉璧西入秦。
秦王坐章臺見相如。相如奉璧奏秦王。秦王大喜、傳以示美人及左右。左右皆呼萬歲。相如視秦王無意償趙城、乃前曰、璧有瑕、請指示王。王授璧。相如因持璧、卻立倚柱。怒髪上沖冠。謂秦王曰、大王欲得璧、使人發書至趙王。趙王悉召群臣議。皆曰、秦貪、負其彊、以空言求璧。償城恐不可得。議不欲予秦璧。臣以為布衣之交尚不相欺、況大國乎。且以一璧之故逆彊秦之驩、不可。於是趙王乃齋戒五日、使臣奉璧、拜送書於庭。何者、嚴大國之威以修敬也。今臣至。大王見臣列觀、禮節甚倨。得璧、傳之美人、以戲弄臣。臣觀大王無意償趙王城邑。故臣復取璧。大王必欲急臣、臣頭今與璧俱碎於柱矣。
相如持其璧睨柱、欲以擊柱。秦王恐其破璧、乃辭謝固請。召有司案圖、指從此以往十五都予趙。相如度秦王特以詐詳為予趙城、實不可得。乃謂秦王曰、和氏璧、天下所共傳寶也。趙王恐、不敢不獻。趙王送璧時、齋戒五。今大王亦宜齋戒五日、設九賓於廷。臣乃敢上璧。秦王度之、終不可彊奪、遂許齋五日、舍相如廣成傳。相如度秦王雖齋、決負約不償城、乃使其從者衣褐、懷其璧、從徑道亡、歸璧于趙。
秦王齋五日後、乃設九賓禮於廷、引趙使者藺相如。相如至、謂秦王曰、秦自繆公以來二十餘君、未嘗有堅明約束者也。臣誠恐見欺於王而負趙。故令人持璧歸、閒至趙矣。且秦彊而趙弱、大王遣一介之使至趙、趙立奉璧來。今以秦之彊而先割十五都予趙、趙豈敢留璧而得罪於大王乎。臣知欺大王之罪當誅。臣請就湯鑊。唯大王與群臣孰計議之。秦王與群臣相視而嘻。左右或欲引相如去。秦王因曰、今殺相如、終不能得璧也、而絕秦・趙之驩。不如因而厚遇之使歸趙。趙王豈以一璧之故欺秦邪。卒廷見相如、畢禮而歸之。
相如既歸。趙王以為賢大夫使不辱於諸侯。拜相如為上大夫。秦亦不以城予趙、趙亦終不予秦璧。

参考

史記 二 乱世の群像

形式文庫
著者司馬遷
翻訳奥平卓, 久米旺生
出版日2016年7月1日
出版社徳間書店
価格1,350円

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